東京都町田市にてご実家の遺品整理でご依頼承りました。ご依頼主は当店近くにお住まいの方で店頭をご覧になられご依頼頂きました。「そちらのお店には合わない古い食器が大量にあり、査定で買取が無理なら全て処分業者に出す」との事で御座いましたが、箱入りの陶磁器、ガラス製品が多く、一部日本人形や生活小物を除き全てお買取りさせて頂きました。物量が多く、キャラバン・バン車一台いっぱいになり、作業含め3時間程頂戴いたしました。中には人間国宝物の陶磁器や店頭販売に持って来いのお品も多数有り当店にとっては有難いお買取りとなりました。有難う御座いました。又、残置物処分のご相談もお受けさせて頂き、当店提携業者をご紹介させて頂きました。合わせて有難う御座いました。
【人間国宝 藤原 雄/ふじわら ゆう】
1932年岡山県備前市穂浪に後の人間国宝となる「藤原啓」の長男として生まれる。視力が右目0.03、左目は全く見えないというハンディがありながらも父は健常者と同じ道筋を歩ませようと無理だと言われた普通学校も東京の大学(明治大学卒)にも通わせる。 父もそうであったように中学・高校では新聞部や文学部の部長を務め、文学や音楽に熱中し傾倒した。1955年(昭和30年)に大学を卒業後一旦は出版社みすず書房に就職するが、同年9月に父親の看病の為に休職し帰郷。小山富士夫に備前焼を勧められ父に師事し技法を学びはじめる。1996年(平成8年)に人間国宝となる。 父の友人であり陶芸の哲学の師でもある北大路魯山人に「粋」を学び、川喜多半泥子、藤本能道、田村耕一や裏千家家元の千宗室匠他、女優、TVプロデューサー、詩人そして自ら認める食通であることから各国のシェフ等各界の人々とも親交を暖め、その美学を深める。 各国で個展を開き、棟方志功と一緒になったダートマス大学の客員教授時代には焼物の愛し方を教える。メトロポリタン、ブルックリン他アメリカの美術館にも作品は展示され、大英博物館にも入ることになる。2009年69歳で逝去。



藤原雄作品の中でも窯変の出の奇抜さや大壷等の大作は数十万単位のお買取りとなるお品も御座います。当お買取り品はそこまでのお値段のお品ではありませんでしたが、お買取り品の中では一番のお値段となりました。人間国宝や有名作家に限らず共箱入り、箱入り贈答品や陶磁器類は殆どのお品がお買取り対象となります。贈答品、陶磁器類が大量にあり処分業者にお金を支払い処分される前に是非とも「きのとり」にご相談下さいませ。


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